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前回までの本コラムでは、私の半生についてお話ししてきました。ウン十年分をぎゅっと凝縮したつもりですが、それでも7篇にまでなり、挨拶にしてはずいぶん長くなりましたね。お付き合いありがとうございました。必死に走ってきた足跡をこうして振り返ると、我がことながら喜劇のようで面白いなあと思うのですが、お読みいただいて林美千代という人間に少しでも親しみを感じていただけたようでしたら、うれしい限りです。

さて、ここからが本題です(笑)。

これまでの経験を踏まえ、多種多様なブランドオーナーの方々を支援している私が、昨今のブランディング/マーケティングビジネス、エンタメコンテンツビジネスの世界で感じること、思うところをお伝えしていこうと思います。このコラムを通じてこれらのビジネスへの興味と、「ブランド&マーケティング ストラテジスト(BMST)養成コース」への関心を抱いていただければ幸いです。

今回のテーマは「近年のブランディング/マーケティング戦略の潮流」。戦略は市場での競争に勝つための作戦ですから、その考え方と手法は競争環境の変化・進化に応じて常に刷新され続けています。その近年のトレンドについてお話しましょう。

2000年代に入ってマーケティングに最も大きな影響を与えた出来事は言わずもがな、インターネットの普及拡大です。インターネットは生活者に自ら情報を集め、考えを発信する力をもたらしました。これにより、企業がマスメディアを通じて一方通行で伝えるだけだった自社情報が、インターネットという公開の場で生活者の評価にさらされるようになったのはご承知の通りです。物言う生活者には、裏付けのない小手先の美辞麗句は通用しなくなりました。そしてこの傾向はコロナ禍を経て一層強まります。地球規模での生活環境変化と健康への影響の中で、生活者は個人のレベルだけでなく、企業に対しても持続可能な社会へのコミットメントと偽りのない情報開示をより強く求めるようになったのです。こうして事業活動を通じた持続可能社会実現への貢献は、今や企業存立の大前提となりました。企業にとって倫理的(エシカル)な視点を備えて社会貢献を標榜し、そのブランドの“誠実性・真正性(authenticity)”の証を立てることが、戦略上必須の事項となってきたのです。

このブランド戦略の好例を2つ挙げましょう。ひとつはアウトドアウェアメーカーのパタゴニアです。

パタゴニアは2018年、創業50周年を前にそのブランドステイトメントを「私たちは、母なる地球を救うためにビジネスを営む」と改めました。同社はこれまでも環境負荷の少ない素材を使用するなど自社事業が地球に及ぼす悪影響を減らす活動に努め、環境保護・回復のための寄付も継続してきましたが、このステイトメントは自社の存在意義をより広い領域、高い視座に置き直した宣言と読めます。創業者イヴォン・シュイナード氏がこの言葉に込めた思いは下記のサイト*1で読むことができますが、この短く静かな決意文の表題は「地球が私たちの唯一の株主」。この事例はパタゴニアがブランド戦略トレンドを捉えたのではなく、時代がパタゴニアの戦略、というよりブランドオーナーであるシュイナード氏の思想にようやく追い付いたものと言えるでしょう。

もうひとつの事例は同じくアパレルメーカーのH&M。こちらは社会課題の解決に取り組む民間団体にH&M財団から資金援助を行う形でソーシャルグッドの実現に貢献しています。2014年に水と衛生の問題に特化したNGO「ウォーターエイド」とグローバルパートナーシップを組み、同NGOへの支援を通じて発展途上国における清潔な水やトイレの整備を推進したり*2、。香港繊維アパレル研究所の廃水からマイクロプラスチックを分離する技術の開発を支援し、その発生源のひとつであり洋服の主な素材である合成繊維の環境負荷低減を進めているほか*2、UNICEF他の団体を通じて途上国での学習機会の提供拡大や女性起業家の支援を行うなど*2、幅広い社会課題解決への取り組みを進めています。

インターネットの普及に伴い企業の顧客接点―特に自社サイトなどのオウンドメディアーはデジタル化されていますから、こうした諸活動情報は逐次(瞬時に)アップデートされ、インタラクティブに(即座に)応答され、エントリーユーザーを拡大し、コアファンとの絆を深めるブランディングの武器として役立てられています。 一方こうした流れの中で、自社ブランドの倫理的(エシカル)な取り組みを強調するがあまり、ブランド価値を下げる結果になってしまう逆説的な現象も起き始めています。例えば、もしアウトドアグッズメーカーがテントの素材調達プロセスの倫理性を重視し過ぎて情緒的価値(取り組みへの共感)の訴求に偏り、機能的価値(野外での有用性や堅牢性)の発信をおろそかにしてしまったとしたら、本末転倒。ユーザーの最初の選択肢から漏れてしまう可能性もありますよね。これは倫理的(エシカル)であることを単にトレンドと捉えてしまい、ブランドの思想(たとえばテントづくりの譲れない哲学)の訴求よりも優先してしまうという、ブランディングの根本的な理解不足による現象かもしれませんし、ひょっとするとそもそも思想が弱い、もしくは存在しない(!)という残念なケースかもしれません。いずれにせよブランドオーナーたるもの、自分のブランドについては朝まで語り明かせるくらいの熱い思いを持っていてほしいものですが、私もこの点については輪をかけて熱い人間ですので(笑)、このお話はまた次の機会にいたしましょう。