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現在の私の仕事は、ブランドオーナーの方々を支援し、ブランディング/マーケティング戦略立案をリードすること。この道のプロフェッショナルを自認していますが、過去の経験則だけではそのポジションは維持できません。前項で述べた通り、戦略は競争環境の変化・進化によって刷新され続けますから、直近の傾向・最新の技法の学習は常に欠かせないのです。かく言う私も昨年から今年にかけて、米コーネル大学のブランドマネジメント・コースをオンラインで履修・修了し、アメリカの最新の考え方をインプットし直したところです。

この項では、コースで学んだ最新の知見について少しお話ししましょう。

コーネル大学はアイビーリーグの一角をなす名門校で、中でもホテル経営学の評価が高いことで知られています。帝国ホテル元社長の故・犬丸一郎さんや星野リゾート代表の星野佳路さんも修了生として名を連ねておられますね。ホテルという業態は顧客と直に接してそのニーズを把握し、これを先回りして充足させるビジネスであり、その腕前の見せどころをもってして自社の“のれん”としてしのぎを削る競争ですから、その経営には常に最新の顧客動向をつかむ鋭い嗅覚と広い視野が必要です。そしてお気づきの通り、“のれん”の価値を高める能力はブランディング、顧客動向をつかむ能力はマーケティングに相当します。私が学んだブランドマネジメント・コースの講義内容は、ほこりをかぶった昔の学説ではなく最新の理論にアップデートされていました。これはコーネルが金看板にいただくホテル経営学の研究領域で得られた直近のブランディング/マーケティング知見が、学内共通知としてこのコースにも注入されていると考えれば、納得のいくところですね。

コーネル大学で学んだ最新知見のひとつに、“Z-SWOT”というフレームワークがあります。よく知られたSWOTマトリクスを使って事業環境を分析するところまでは同じなのですが、分析結果の優先順位付けからTO DOリストに落とし込むまでの一連の手順も含めてフレームワーク化されている点に新しさがあります。SWOT分析は導出した要素が多くなりすぎて打ち手が決められないという混乱を生む場合がありますが、Z-SWOTを使うとやるべきことの整理がしやすく、迷いがなくなります。巷ではまだ知られていない技法ですが、BMST養成コースでは私が伝道師となってしっかり解説していきますので、楽しみにしていてください。

また先に触れた顧客動向をつかむ作業、これは一般的には統計や調査を用いたユーザー分析を指しますが、ここにも新旧の手法の違いがあります。従来の主な分析項目は年齢・性別・家族構成・居住地・年収などのいわゆる統計ベースのデモグラフィック属性でしたが、今では興味関心領域・嗜好性/志向性・生活価値観などの調査によるサイコグラフィック属性を用いることが一般化しています。身の回りにも、年齢は若いのに臈たけた考え方をする人もいれば、子どものように無邪気に夢を追い続ける年配者もいますよね。「男性的な考え方」「女性的な態度」といった区分も今やそれ自体がナンセンスであり、NGです。つまり、デモグラフィック属性の枠組みだけでユーザーを分析しようとすると、見誤る部分が多くなってきたということです。

精神的属性を重視するユーザー分析手法は比較的以前から定着しており、コーネル独自の考え方ではありませんが、同大学ではもちろんのこと、私の講義でも力を入れてお話ししていることのひとつです。私がユーザー分析手法を体系的に学んだのはディズニー・テレビジョンの番組調達担当時代ですが、日本の視聴者の琴線に触れるコンテンツや表現を追求するためには精神的属性に分け入ることが必須であることを身をもって体験し、以来自身の分析の基本動作としてきたからです(ちなみに私はこの分析手法を“消費者ダイブイン”と呼んでいます。深い心の奥底まで潜り込んでいくイメージです)。通常、見知らぬ群衆であるユーザーを分析するにはデモグラフィック属性から考えるのが自然ですし、思考のクセにもなっていますから、この点をしっかりと学び直し、ブランディング/マーケティング領域の新たなスタンダードとして頭の中で置き換えておく必要があるのです。 このように、ブランディング/マーケティングの手法は時代の変化や競争環境の進化に合わせて刷新され続けています。ですから、常に最新の知見・情報を収集し、自らの戦略構築力を高める栄養としてぐんぐん吸収していただきたい。ただし、最新の情報を追うがあまり、戦略の根幹を成す最も大切なものを忘れないようにしてください。最も大切なもの、それはあなたのブランドを語る言葉です。あなたの商品やサービスが世の中に提供する価値は何かを語る言葉、そしてあなたがなぜその価値を世の中に提供しようと決意したのか、その志を語る言葉です。あなたの志は、これを語る言葉そのままの形でユーザーに伝わるとは限らないでしょう。時に製品のユニークな機能として、時にサービスを提供する従業員の皆さんのふるまいや熱意として、形を変えて伝わっていく。でも、それがユーザーの心を動かすとしたら、それはその伝播の根源にあなたの志を語る言葉があるから。そのブランドを生み出したあなたの熱い思いがあるからです。その思いを遠く広く、深く届けるためには、自分のブランドを明確に語る言葉を持たなくてはなりません。その言葉を定めること、これがブランドオーナーにとっても最も大切、かつ一番初めに行うべき作業です。そう、全てのビジネスはブランディングから始まるのです。最新の戦略構築技法を追いつつも、ビジネスに迷った時はその礎たるブランド定義(あなたの志)に立ち戻り、進むべき道を見出す。この基本行動を、決して忘れないようにしてください。